古川禎久の家族(妻や息子3人)学歴やwiki経歴|男気溢れる矢沢永吉ファンだった!


12月21日、法務省が死刑囚3人の死刑を執行したと報じました。

執行は森雅子法相(当時)だった2019年12月26日以来およそ2年ぶりで、

10月に就任した古川禎久法相にとっては初めてとなりました。

今回は古川禎久さんの家族(妻・息子)、学歴や経歴についてまとめていきます。

 

 

 

 

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古川禎久の学歴やwikiプロフィール

 

名前:古川 禎久(ふるかわ よしひさ)

生年月日:1965年8月3日

年齢:56歳

出生地:宮崎県串間市

 

【学歴】

串間市立福島小学校卒業

ラ・サール中学校に入学

(中学3年の11月、中学の寮を退寮処分となり下宿屋の物置き部屋で生活)

ラ・サール高等学校に進学し卒業

東京大学法学部

【前職】

国家公務員(建設省)
衆議院議員政策担当秘書

 

【経歴】

1965年8月3日、宮崎県串間市に生まれた古川氏。

古川家は昭和元年(1926年)から焼酎造りを家族経営し、同時に酒類の小売販売を行っていたました。

1989年4月、建設省に入省し建設事務官

1992年に建設省を退官。

退官後は衆議院議員中村時広の秘書を務める他、目黒で焼き鳥店を経営していたことがあったそうです。

古川氏は30歳で政界進出を目指すようになります。

1996年、第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で出馬するも落選。

続けて2000年第42回衆議院議員総選挙に無所属で出馬するも、また落選。

2003年第43回衆議院議員総選挙に無所属で宮崎3区から出馬し、初当選を果たします。

同年、追加公認を受けて自民党に入党し、橋本派(当時)に入会。

2005年、衆議院本会議で郵政民営化法案に反対票を投じ自民党を離党。

2006年、自民党へ復党。

2007年、山崎派へ入会し安倍改造内閣・福田内閣で法務大臣政務官を務める。

2008年、福田改造内閣・麻生内閣で環境大臣政務官就任。

2009年、第45回衆議院議員総選挙では宮崎3区から自民党公認で出馬し、3選。

2010年、山崎派を退会し議員グループのぞみに参加。

2012年、第46回衆議院議員総選挙では宮崎3区から自民党公認で出馬し、4選。

2013年、第2次安倍内閣財務副大臣に就任。

2014年、第47回衆議院議員総選挙では宮崎3区から自民党公認で出馬し、5選。

2015年、水月会(石破派)の初代事務総長に就任。

2017年、第48回衆議院議員総選挙では宮崎3区から自民党公認で出馬し、6選。

2021年、岸田内閣で法務大臣として初入閣。

2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で7選

 

 

 

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古川禎久の家族(妻や息子)

 

古川禎久さんの家族について調べてみました。

古川さんは結婚し、妻と3人の息子がいるそうです。

妻や息子に関するプライベートな情報は公開されていませんでした。

 

古川さんは政治家として多忙な日々を過ごしており、

家族と過ごす時間は少なかったそうです。

 

 

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古川禎久は矢沢永吉ファンだった!

 

古川禎久さんは大の矢沢永吉さんのファンだそうです。

これは古川さんのWikipediaにも記されているほど。

 

10代の頃からファンだそうですから、筋金入りですね。

さらに「永田町矢沢会」の会長を務めている古川さん。

政界では随一だそうです。

古川さんの男気溢れる性格は、矢沢さんの影響もあるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

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