山本文緒さんの死因は膵臓がん(58)!wiki経歴,学歴!夫(再婚)や作品集!直木賞作家!


 

小説で知られる直木賞作家の山本文緒(やまもと・ふみお)さんが膵臓がんのため亡くなれれました。

数々の賞を受賞した山本文緒さんの58歳とはあまりにも早すぎる報道に悲しみの声が続出していましたね。

ここでは、山本文緒さんについて作品集とともにまとめました。

 

 

 

 

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山本文緒さんの死因は膵臓がん

 

 

 

山本文緒さん(58)が、2021年10月13日、長野の自宅で亡くなられました。

死因は膵臓がんでした。

2021年の今年、春頃から体調を崩され、自宅療養をしていたようです。

 

作者という立場から、自宅での療養を選択されていたのかもしれませんね。

多くのファンからは、悲しみのコメントが沢山あげられていました。

58歳とは、早すぎますね、、、

 

 

 

 

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山本文緒のプロフィール

名前:山本文緒(やまもと ふみお)

本名:大村暁美(おおむらあけみ)

生年月日:1962年11月13日

没年月日:2021年10月13日(享年58歳)

出身地:神奈川県横浜市

結婚:既婚(夫:浩二氏)2002年に再婚

※子供は非公開(いない可能性が高いです)

 

 

 

 

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山本文緒さん夫:浩二氏と再婚

 

 

 

2002年に浩二氏と再婚した山本文緒さん。

元夫とも離婚原因については詳しく公開されていませんが、
山本文緒さんは、他人と長時間一緒にいることでストレスが溜まっていたようです。

再婚してからも、初めの頃は、浩二氏とは別居し、お互いの生活時間を大切にしていたそう。

鬱を発症してからも、現在の夫・浩二氏が支えていたようです。

お互いの生き方を尊重していたのでしょうね。

 

 

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山本文緒:直木賞作家の主な作品集

 

 

 

山本さんのデビュー作といえば、『プレミアム・プールの日々』(1987年)です。

 

そして、主な作品集はこちら。

『野菜スープに愛をこめて』(1988年)

『ぼくのパジャマでおやすみ』(1989年)

『おひさまのブランケット』(1990年)

『パイなっプルのかなた』(1992年)

『ブルーもしくはブルー』(1992年)

『あなたには帰る家がある』(1994年)

『群青の夜の羽毛布』(1995年)

『眠れるラプンツェル』(1995年)

『恋愛中毒』 (1998年)

『プラナリア』(2001年)

作品は、映画、ドラマ、舞台と、大活躍の作家さんでした。

 

このような作家さんの作品の新作が読めなくなるのは、非常に残念ですね。

 

 

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山本文緒のwiki経歴・学歴

 

 

 

 

 

山本さんは、神奈川大学経済学部に進学し、大学時代は落語研究会に所属しました。

卒業してからは、、OL生活を始めます。

1987年にコバルト・ノベル大賞の佳作を受賞し、少女小説家としてデビュー

受賞したデビュー作が、『プレミアム・プールの日々』でした。

 

1992年には、一般の小説へと方向性をシフトし新たな形で作品に向き合い始めます。

その作品が、『パイナップルの彼方』

1999年には、『恋愛中毒』で第20回吉川英治文学新人賞受賞

その2年後、2001年には『プラナリア』で第124回直木賞を受賞します。

2003年、40歳の時にうつ病を発症し、治療のため、執筆活動を中断することになります。

その後、約6年の闘病生活ののち、エッセイ『再婚生活』で復帰をとげます。

2021年、7年ぶりに執筆した小説『自転しながら公転する』で第27回島清恋愛文学賞します。

第16回中央公論文芸賞を受賞。

 

しかし、2021年春頃より体調を崩し自宅療養を始めました。

そして、2021年10月13日、膵臓がんにより長野県軽井沢町の自宅で亡くなられました。

 

しかし、今年に入っても、Twitterでは普段どうり活動さ報告れていました。

 

 

 

 

 

 

 

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世間・読者ファンの声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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