松平健太イケメン卓球選手の身長や私服姿、お嫁さんは?愛用ALCラケット!

松平健太

男子卓球選手の松平健太選手についてのご紹介です。

ITTF世界国際ランキング最高9位の現役選手である一方、

芸能プロダクションにも所属するイケメン男子。

おしゃれな私服姿、気になるお嫁さんについて、

写真満載でお届けしたいと思います!

 

 

 

 

 

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松平健太選手のプロフィール

 

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名前:松平 健太 (まつだいら けんた)

生年月日:1991年(平成3年)4月11日

出身地:石川県七尾市

身長:169センチ

体重:62キロ

血液型:B型

星座:牡羊座

干支:ひつじ年

戦型:右シェーク裏裏ドライブ型

学歴:青森山田中学高等学校 卒業

   早稲田大学教育学部  卒業

所属:ホリプロ T.T彩たま

 

成績:2006年 世界ジュニア卓球選手権男子シングルス 優勝

   2007年 世界選手権ザグレブ大会日本代表

   2009年 全日本卓球選手権大会 準優勝

   2009年 世界選手権横浜大会代表 ベスト16

   2016年 世界選手権クラアルンプール大会 日本代表

   2017年 世界選手権デュッセルドルフ大会 日本代表

   2018年 ITTFワールドツアー ブルガリアオープン 準優勝

   ITTF世界ランキング9位

 

 

 

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イケメンアスリート松平健太選手どんな人?

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色白爽やかなイマドキのイケメン男子

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キリッと爽やかに世界ランキング1位の許シン選手と握手

一昔前のアスリートといえば、眉間にシワを寄せて、

目を血走らせて殺気の立ち込めるイメージでしたが、

草食系イケメンアスリートの異名のとおり、

熾烈な強豪を前にしても、爽やかなで清々しい表情を崩しません。

そんな大人しそうなイメージとは対照的に、

幼くして独自に生み出した必殺のマツケンサーブを筆頭にして、

強烈なスピンを繰り出す上に、非常に精密性に優れた攻撃型は、

どこまでも粘り強く、手に汗握る熱いプレイで魅せてくれます。

 

幼くして才能を開花させた松平選手の卓球人生は、

多くの実績とともに天才と呼ばれ、

一方では甘いマスクでアイドル並みの人気を博しますが、

怪我による入院・手術、試合で思うような成果が出せず、

苦悩の日々が続いたりと決して平坦ではありません。

 

そんな松平健太選手は、一体どんな選手なのか?

どんなキャリアを持っていて、何がスゴいのか?

アイドル級の人気を持つ卓球選手の魅力とは?

さまざまな視点と時系列から紹介したいと思います。

お待たせしました! それではどうぞ!!

 

 

 

 

 

 

幼少期から天才だった!!

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モヒカンカットがワイルドな名門青森山田学園時代の松平選手 

まずは松平選手のご家族についてですが、

お父さんはスポーツ店の商いの一方で、卓球場の経営をされております。

しかもご自身も卓球選手として活躍されており、

石川県代表としてインターハイや国体にも出場された経歴をお持ちです。

ご兄弟は二人のお兄さんと妹さんの4人兄弟で、

全員が卓球のコーチや選手としてご活躍されているからスゴい!

 

そんなスゴすぎる家族の中において、

5歳で初めてラケットを握った松平健太選手、

なんとわずか数ヶ月後には全国大会予選3位まで上りつめ、

全国大会出場を果たしているというからやっぱりスゴイ!

幼少の頃から多くの試合で頭角を表してきた松平選手は、

2004年中学校進学を期に親元と地元石川県を離れ、

遠く離れた卓球の名門青森山田学園に入学、

毎日6〜7時間に及ぶ練習漬けの日々を送るのでした。

幼少から抜きんでていた卓球の素質に加え、

くる日もくる日もひたすらに練習という毎日を繰り返し、

それに心折れず目標と結果に向かって奮闘し続けた事こそ、

才能を超えた天賦の才の証だと思います。

 

その才能を幼くして開花したさせた松平選手ですが、

青森山田学園での6年間にも及ぶ鍛錬の日々が、

世界へ羽ばたく松平選手の礎となったのは間違いありません。

何故ならこの頃すでに、のちの世界の強豪を相手に、

その威力を発揮した『しゃがみ込みサーブ』が、

独自に編み出されていたという驚愕の事実。

そのしゃがみ込みサーブの解説については、

のちほど比較動画も絡めて下記の記事で、

熱く分かりやすく解説しますので、

ぜひご覧になってください。必見です!!

 

 

 

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快進撃の一方、手術による長期離脱も復帰!

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2006年に世界ジュニア選手権男子シングルス戦で優勝。

ジュニアでありながら世界大会における、

日本人選手によるシングルス優勝は、

実に27年ぶりの快挙となりました。

2007年の世界選手権ザグレブ大会日本代表に選出され、

世界選手権初出場を果たしたのち、

当時世界ランキング20位前後だった

チェコのエース、ピーターコルベルに4ー0で完勝しました。

 

しかし2007年12月には三角繊維軟骨複合体損傷により、

手術と入院に伴う長期の離脱を余儀なくされる状況となりました。

長期に渡る戦線離脱で心配された松平選手でしたが、

2008年の8月に行われた全国高等学校総合体育大会で復帰を果たし、

復帰初となる大会は、みごとに優勝で飾ったのでした。

2009年4月に開催された世界選手権横浜大会においては、

北京オリンピック金メダリストで、

世界ランク2位の馬琳選手と試合し、

敗北こそしたもののフルゲーム9−11と大健闘、

馬琳選手にも敗北を覚悟させるほどの大接戦となりました。

試合に勝利こそしたものの、徹底的に苦しめられた馬琳選手に、

『のちに中国代表の脅威となる』とまで言わしめるほど。

 

その後は怪我やメルタル面における不調が続き、

思うような成果を出せないスランプが続きましたが、

2016年開催の世界選手権クアラルンプール大会と、

2017年開催のデュッセルドルフ大会の日本代表選考会に2年連続で優勝。

また同年における世界ランキングでも自身最高の9位となり、

くすぶりが続いた天賦の才は再び開花したのでした。

 

 

中国が脅威する! しゃがみ込みサーブ!!