訃報です。
「北の国から」「網走番外地」「男はつらいよ」シリーズなどで
国民から愛されてきた俳優、田中邦衛氏(88)が、
老衰のため永眠されました。
近年姿を見られなくなっていましたが、
実際はどうだったのでしょう?
詳しく調べてみました。
目次
田中邦衛氏のプロフィール
プロフィール
- 本名: 田中 邦衛生年月日: 1932年11月23日
- 没年月日: 2021年3月24日(88歳没)
- 家族:妻・娘 田中 淳子(NHK情報局長)
- 出生地: 岐阜県土岐郡土岐津町(現土岐市)
- 身長 :167 cm
- 血液型 :O型
- 職業 :俳優
- ジャンル: 映画・テレビドラマ・演劇
- 活動期間 :1955年 – 2021年
2021年まで活動していた、とさせていただいたのは、
ご本人から、引退するという公式発言が
なかったからです。
しかし、ところどころでオファーを
断ったりしていたようなので、
もうご自身の体に限界を感じていたのでしょう。
田中邦衛氏の来歴
短期大学を卒業後、岐阜で中学の代用教員(助教諭)になりました。
助教諭生活の傍、3度目の受験で1955年(昭和30年)に
俳優座養成所へ念願の入所を果たします。
3度目の受験の際には、試験官だった女優の東山千栄子から
「あなた、またいらしたの」と言われたくらい、
諦めが悪かった、というエピソードも。
3年間の養成所生活を経て俳優座座員に昇格しましたが、
それは47人中3人という狭き門の突破だったそうです。
そこには、「またあなたいらしたの」という
言葉は出てこなかったでしょう。
この第7期生の同期には井川比佐志さん・露口茂さん・
山本學さん・藤岡重慶さん・中町由子さん・
水野久美さんらがいるそうです。
「若大将シリーズ」「網走番外地シリーズ」「仁義なき戦いシリーズ」
そしてとうとう、1957年(昭和32年)、
今井正が監督した映画『純愛物語』に初出演。
そのアクの強い風貌から、アクション映画でチンピラや
殺し屋役を演じることが多く、1961年(昭和36年)の
東宝映画『大学の若大将』では、若大将のライバル・
青大将役で出演しました。この青大将、みなさんご存知の方も
多いのではないでしょうか。
敵役・悪役だがコミカルで憎めないキャラクターを見事に好演し、
「若大将シリーズ」のレギュラーとなりました。
以来、映画・テレビドラマで幅広く活躍し、
岡本喜八にも気に入られ、監督別では最多の11本に出演しています。
1965年(昭和40年)に出演したフジテレビの
ドラマ『若者たち』は映画化され、
第22回毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。
ヤクザ映画では、同年からスタートした
「網走番外地シリーズ」で高倉健演じる主人公を慕う舎弟を
コミカルに演じ、1973年(昭和48年)から始まった
「仁義なき戦いシリーズ」では、それまでのイメージを
一新するずる賢いヤクザ・槙原政吉を演じた。
以降、東映作品のバイプレイヤーとして活躍することになりました。
1973年(昭和48年)、井川らと俳優座を退座。
作家である安部公房と行動を共にした後、フリーとなりました。
不朽の名作「北の国から」
1980年代以降、映画への出演は減りますが、
未だ難度も再放送され、国民的な作品として知られる、
1981年からの『北の国から』シリーズで
葛藤を持ちつつも2人の子を温かく見守る父親・
黒板五郎役が全国的に知られることになりました。
役者人生の終わりは「最後の忠臣蔵」
さらに、1993年、『学校』にて苦労しながら
夜間中学に通う労働者役を演じ、
第17回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。
1988年(昭和63年)から1995年(平成7年)まで
出演した大正製薬「大正漢方胃腸薬」の年末のテレビCMでは
歌って踊るエンターテイナーぶりを披露。
ラムニストのナンシー関から絶賛を受け、
作家の小林信彦からも高く評価されました。
もはやオールマイティーですね!!
しかし、2010年公開の映画『最後の忠臣蔵』へ出演、
以降俳優としては表舞台から遠ざかることになりました。
最後に公の場に出たのは…地井武男さんの「お別れの会」
「最後の忠臣蔵」から次に、公の場に田中さんが登場したのは、
とある方のお別れの会でした。
2012年(平成24年)6月29日、『北の国から』や、
ほか多くの作品で共演した地井武男さんが死去。
8月6日に青山葬儀所で営まれた「お別れの会」で、
発起人の一人として名を連ねました。
しかも、参列者代表7人による「お礼の言葉」を述べ、
吉岡秀隆の介添えで、最後に祭壇の前に立ち
「おいらまだ信じられない」
「会いたいよ! 地井にい(兄)、会いたいよ!」
と悲痛な思いを地井の遺影に語りかけました。
この時の姿が公の前に立った最後の姿となりました。
悲痛な思いに、その場で涙した方も多かったそうです。
その後の田中邦衛さんは…?
週刊誌などの情報を総合すると、
2013年には、「長ゼリフが入らない」ことを理由に、
仕事の依頼を断っていること、奥様が電話取材に応え
「体力的に厳しいと思います」と述べられました。
つまり、田中さんはその時点で、休業状態である、
ということを明かしたのです。
しかし一方で
「演技をする夢は夫婦2人で
ずっと持って生活しています。
引退も何も、田中邦衛の人生そのものが
役者ですから」
と、引退との明言を避けたそうです。
…惚れますね、こんな奥さん!!!!
老人ホームに2年入居からの自宅へ!
しかし、現実は甘くはありませんでした。
2015年(平成27年)、『週刊ポスト』(2015年10月30日号)で、
田中さんが施設に入居しリハビリ生活を送っていることが
報じられました。
このホームに入ったきっかけは、高熱で入院したことでした。
長い間歩かずにいると、足の筋肉が衰えてしまいますし…。
このことをきっかけに歩行困難となり、
車椅子生活になったものの、自宅に戻ることを目標に
ホームでリハビリに励んでいたそうです。
当時、雑誌の取材に対し、奥様は
「(本人は)“しっかり足を治して
自宅に帰ってくる”と言っている」
と語っていました。
そして、そこはさすがの青大将、とでもいうべきか、
2017年10月時点では、施設から自宅に戻られた、というのです。
お年を考えればすごいことですよね!
ただ、元気にはなってきているが、車椅子生活が続き、
俳優としての復帰に関しては解らないと、
奥様が取材に対して答えられました。
近所の人たちの目撃情報は?
「数か月に1回ぐらいかな。車椅子に乗った邦衛さんが
自宅から出てきて、ワンボックスカーに乗って
どこかに行くのを見かけます。
白髪も多く、テレビで観ていた頃よりだいぶ老け込んでいた」
確かに、かなり痩せてしまっていますね。
隣で支えているのが、奥様だと思われます。
取材に対して、奥様は改めてこう話してくださったそうです。
「スロープは主人のために昨年付けました。
体の状態ですか? 車椅子の時もあれば、
歩ける時もあります。
芸能界への復帰については……分かりません。
ただ、元気になってきていることは事実です」
近隣住民からは、「認知症」や「悪化」を疑う声も…
奥様の言葉を一番に信じたいですが、
第三者の意見というのも見なければいけません。
近隣住民の方のお話では、「認知症」や
「症状の悪化」が噂されていたそうです。
奥様も薄々はわかっていて、
それでも邦衛さんの復活を信じていたのでは
ないでしょうか?
自宅近隣の住民からは、「また施設に入ったのでは…?」
2019年9月の時点では、現在はまた施設に入居したのではないかと
近隣住民から推測されていました。
それくらい、姿が見えなかったのでしょうか。
ですが、奥様が『週刊現代』からの
取材に断りを入れていたということを踏まえると、
あながち間違ってもいないのか、とも思ってしまいます。
そして2021年3月24日午前11時24分、老衰のため、死去。
このコロナ禍の中、ご自宅で穏やかに息を引き取られたということで、
さすが!としが言いようがありません。
88年の人生、本当におつかれ様でした。
ご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
世間の声
えっ、田中邦衛さん…亡くなったの…。北の国から好きでよくTSUTAYAで借りてた…うそ…
— ナオ@北の大地マン (@naoaibou0820) April 2, 2021
田中邦衛さんまじか
— narry@なりまる (@narry45) April 2, 2021
北の国からを見てないのに仁義なき戦いは見てるせいで田中邦衛さんの印象が悪い
でも好き— 我を愛する修羅 (@052MUSASHIMARU) April 2, 2021
田中邦衛さんが演じた人物のなかで中国で最も有名なのは映画『君よ憤怒の河を渉れ』(中国語タイトルは《追捕》)1976年の「横路敬二」だろう。帝銀事件の容疑者をあげた警部補とか、沖縄戦の司令部付きの床屋とか、忘れがたい役が無数にある。合掌
— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) April 2, 2021
ありがとう田中邦衛さん。北の国から大好きでした。 pic.twitter.com/pA3MKxiIqc
— to-me-ko (@otome_Mdc) April 2, 2021
黒板五郎さん、最高でした。
ご冥福をお祈りします。ありがとうございました。
田中邦衛さん死去 88歳、「北の国から」黒板五郎役:朝日新聞デジタル https://t.co/8MhhxMvaJA
— まっさん@仙台H→球磨川RT160→東京マラソン (@kazzmassan) April 2, 2021
今日は
北の国から 観る。
五郎さん、じゅん、ほたる
名作です😊#田中邦衛 #倉本聰 pic.twitter.com/xnKVTupavQ— naturliv_an (@naturliv_an) April 2, 2021
田中邦衛さん亡くなったのか
北の国からが好きだったので黒板五郎役での演技が印象的でした— ふないっしー (@ishii8750) April 2, 2021
山田洋次監督で田中邦衛さん実質的主役の『学校』は本当にたまたま見た感じだけど、あれは本当に見れて良かった作品だなあ。
— つめきり (@tsumeclippers) April 2, 2021
すごくショックです。俳優の中で1番好きな人でした。不器用だけど真っ直ぐに生きるあなたは私の人生の指針となる人でもありました。素晴らしい作品を有難う御座いました。ご冥福をお祈りします。 #田中邦衛
— 金太郎1 (@kintarou1) April 2, 2021
田中邦衛さんが亡くなった。
もう本当に3歳くらいからずーーーっと録画したエレキの若大将観てたから青大将が…って寂しさが込み上げている pic.twitter.com/0VTVabtPIl— 真サムライダーZO@新選組局長代理 (@ry233950503) April 2, 2021
田中邦衛ショック…
— 町 (@__ssnm) April 2, 2021
田中邦衛さんが亡くなりました。「北の国から」は初回放送からリアルタイムで見続けてきました。国民的ドラマになりましたね。
— gohstsoup (@gohstsoup) April 2, 2021
田中邦衛さんと言えば「北の国から」の五郎さんを思い浮かべる方が多いだろうが、アタシ的には「椿三十郎」の若侍の一人、若大将シリーズの青大将、「トラック野郎 爆走一番星」のボルサリーノ2、「仁義なき戦い」シリーズの槇原。つまり不世出の助演なのであります。ご冥福をお祈りします。
— 須山浩継 (@suyamahakusyak) April 2, 2021
言っても仕方がないことではあるが、田中邦衛を「北の国から」でばかり語るのはやはり変。しかも先ほどの棒ニュース番組ではゲストが「北の国から」の五郎の人生格言セリフで彼を語っていた。そこには「若大将」シリーズの青大将も『仁義なき戦い』の槙原も消し去られていた。いわんや『若者たち』も。
— ラムの大通り (@durhum2) April 2, 2021
田中邦衛さんの訃報…ショックです
とても悲しい。私は幼い頃から北の国からの大ファンで、人生のバイブルのような存在でした。
「北の国からを好きな人の事は信用できる」ってう指標にもしてるくらい大切な作品。
ごろうさん、中畑のおじちゃんと天国で丸太で作った露天風呂入れるといいね
— 折原みか🐰 (@oririn_misoji) April 2, 2021
広島県人として
有吉の結婚を喜びたいとこですが
…
小さい頃から北の国からを楽しませて頂きありがとうございました田中邦衛さん、どうぞ安らかに
😭
謹んでご冥福をお祈り致します— 愛莉⭐*゚セラピスト🖤 (@menesesairi) April 2, 2021
もう2年前になっちゃうけど、田山さんに“SALLOT”一式届けておいて良かった。
どうぞ安らかに😌 ご冥福をお祈りします。#田中邦衛 さん#私をスキーに連れてって #SALLOT #横手山 #万座温泉 pic.twitter.com/mTKvU0KS57— Tsuyoshi Mochizuki (@ZUKI_Mo) April 2, 2021
田中邦衛さんの訃報を聞きました。
北の国からの黒板五郎、大好きでした。田中さん、本当にお疲れ様でした。 pic.twitter.com/40nvpGWQam
— 創間 元哉(そうま もとや) (@sou_motto) April 2, 2021
これだけでも、田中邦衛さんがどれだけ年代問わずの
国民に愛されていたか、よくわかりますよね。
本当にお疲れ様でした。
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